ボラセンのつぶやき

ボラセンのつぶやき

こんにちは、ボラセンです。僕が日々思うことをひたすら書きまくるブログへようこそ。

拝啓 猫様

f:id:cka-lek:20170403112352j:plain起草: ボラセン

 

 暖かな日差しが私達を覆い始めた春の訪れが聴こえてくる今日この頃、お元気に過ごしていらっしゃるでしょうか。当然の如く惰眠を貪るあなたの姿に、私は一抹の羨しさと妬みを覚えております。

 さて、私が本日筆を取り乱筆をしたためておりますのは、私長年の疑問であったことを貴殿と考えたかったからでございます。世の中平等に生を受けてから数年数十年と、皆が必死で生きてきたことは貴殿もコタツの中から見てきたことでしょう。そう、私共人間は貴種族と異なり自己実現欲求なる愚考を持っているのでございます。

 

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 貴殿に如何程まで理解が及ぶか見当が付かないためこのようにノラリクラリと文を書き付けているわけでございますが、この欲求は非常に高次元の欲求であると我々人間界では位置付けられております。しかし、私としましては、この欲求がある我々が愚かな思考を持っているのではないかとふと思う時があります。生を受けた手前、如何に幸福を高め苦を減らすのかということは貴種族である猫方におかれましても同様の思考があると感じております。起床した瞬間より睡眠を始め、日中に惰眠をし、食事をしたのち就寝する。そのような貴殿の一貫した生への歩みは正直な所我々人間も十考に値する思考であると存じ奉ります。人間という生き物は欲深いものでございまして、世界を広く見ようという一部の人間のリーダーシップにより、進化の過程においてアフリカ大陸から遠くユーラシア大陸の果ての果てまで何万年も掛けてやってくる生き物でございます。その点においても、遥か2000年前から家で飼われてそのままスタイルを変えることなく数多の継承を重ね現代にまで生きてきた貴殿には誠に尊敬を覚える次第であります。

 

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 更に罪深きことに、人間という民はその欲求の矛先を自己ではなく他者へと向ける習性もございまして、大変お節介なことであります。そのお節介の為に朝早く家を出て夜遅くに帰ってくるのが当たり前です。あなた方猫は、基本的には自らの惰眠の為に動くことが常でありましょうから、とことん理解の範囲を超えた行動に映るでしょう。眠い眠いと皆が声を上げるくせにそうやすやすと休まない我々を見て、貴殿はどのように感じて毎日コタツから私共を見送っているのか。そんな貴殿の思いの丈を私めにぶつけていただきたいと思ってはおりますが、その怒りをも沈めまた眠りに付くあなた方には尊敬を超え羨望へと変わる思いを持つ次第です。

 

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 ただ一つ、私めが思う所と致しましては、それもまた人間のある種の習性といいますか本能と申しますか、そのように思う気持ちも人間らしさと存じます。あなた方猫族が自己実現の為に外に飛び出すことの無いのと同じく、人間もまた我が生をどのように幸福に導いて行こうかという悩みや不安、過ちを繰り返していくことが人間らしさなのではと思うに至ります。特に人間というものは個人個人の違いを強く慮り考え抜くことこそが必要なのだと考えるところがございまして、誰しもが誰しもの最適な解を持たないまま、解なき解を求めて悩みながらも一歩また一歩と歩みを進めていく生き物でございます。しかし、私としましては、人間界においても自分らしさを捨てて悩むことを捨てて、従属に従属を重ねる方向に歩みを進めている者が多数を占めていることが気がかりでなりません。それは人間らしさを自ら捨てていることと同様、あなたは何者なのかと問い詰めたくなることもございます。残念ながらそう簡単に解決できる問題ではなく、私もまた他者へのお節介が積もるばかりで、貴殿から責め立てられようとも拒む言葉はございません。しかし、そのお節介が良い方向に向くことを願うばかりであります。私も歳を重ねるごとに理由なきプライドが高まるのであろうと今から危惧しております。今の若い内に如何に悩むかによって、今後の展望も変わっていくことなのでしょう。そんな愚かな人間を見ながら、猫の方々におかれましてはぬくぬくと見守っていただければ此れ幸いと思う所存であります。

 乱筆・乱文、お許しください。

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